「私は世界中の船」???

以前―というと、もう5、6年前の話になるけれど―あるメーカーの海外営業部に勤めていたとき、英国の販社から資料が送られてきた。

困ったことに、販社側が急な要望と共に送ってきた資料だったので、向こうも「時間の短縮になれば」と気を遣って、英語原文のほか、翻訳機にかけた「とりあえず日本語」のものを同時に送付してきた。

日本語があるなら、それはありがたい、とまずファイルを開いてみると…

表題からして、全く意味が分からん
これは、日本語か???
一応本文を見ていけども、

「この仕様に応じるのに、より穏やかであるのは以下の情報を提供するものとする」
「言いなりになる」「部分的」「承諾しない」
(原文を見ると、「言いなりになる」は「Compliant」だったsweat02

更に資料中には、ロンドンの地下鉄の駅名があったのだが、その殆どはちゃんと片仮名になっているものの、中には中途半端に訳されていたものもあり、

Bank/Monument → 銀行/記念塔
Temple → 寺
St. Paul's → 聖ポールのもの
Marble Arch → 大理石アーチ 
Regent's Park → 摂政は駐車する
Bow Road → お辞儀の道路
King's Cross → 王は横断する

などと、もう噴飯ものの大爆笑である。
路線名も、「District Line」は「地区」、「Central Line」は「中央である」となっていた。

「嗚呼、自動翻訳機というのは、まだまだこのくらいしか無理なのだなあ…」と、当時、しみじみ。

このことを久しぶりに思い出したのが、先日受けた翻訳依頼。
彼は英語が殆ど分からんので、とりあえずはGoogle翻訳で内容を把握しようとしているらしいのだが、

「ほら、でも例えば、Google翻訳だとこんなになっちゃうんだよね~」
と見せられた画面には。

「私は世界中の船」

う、うーん…。こんな訳になっちゃうのか。
ちなみにこの原文は、
「I ship worldwide.」
(「私は世界中に出荷しています」-ある商品の日本への配送が可能なのかどうかという問合せに対する回答)

まあこれは、ウェブの自動翻訳ツールだからな~。
あれから5年以上。もしかしたら高いお金を出して翻訳ソフトとか買ったら、もっとエクセレントな日本語訳が上がってくる…てことはないのかな~。
まだそれには至らないかな~…。coldsweats01

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How to cook Kale?

先日、伯母からケールの葉をもらった。
ご存知、青汁の原料として有名な、アブラナ科の野菜である。

が、どのような料理法が適したものか、分からない。

青汁自体は、生タイプのものを飲んだことがある。
キューサイの青汁は、友人が飲んでいたものの臭いをかぐと、無茶苦茶青臭く(というか「草」臭く)、とても飲めたものではなかったが、別の知人が有機無農薬で栽培したというものをそのまま青汁にしたものは青臭さは殆どなく、りんごジュースと若干の玄米酢を混ぜたものをいただいたら、わりに飲みやすかったように思う。

だから、生のケールの葉は、そんなにクセはないんじゃないかと。

まずは、ネットでレシピを調べてみる。勿論、数としてはとても少ない。
茹でておひたしやサラダ風にしたものや、キャベツのように煮込み料理に入れたり、などとある。なるほど、おひたし風で食べられるのなら、やはりそんなにクセはないのだな。

まずは、塩を入れた湯で茹でてみる。ぐつぐつ。

茹であがったものをちょっと一口。

……………………sweat02sweat02sweat02

う、うーーん…。何とゆーか、どうもこう、独特の味が…。
そうだ、こういうクセのあるものは、インド風にスパイスで炒めたらどうやろ?

フライパンに紅花油、マスタード・シードとタカの爪を熱して、茹でたケールを投入、塩とターメリックを加えて更に炒めて。
よし、これでどだ?

えーと。
さっきよりは随分ましなんだけど。でも…。
あるサイトでは、茹でてわさび+醤油でおひたしとか、ブルーチーズやサンドライド・トマトと共に和えてパスタに、なんて書いてるんだけど。
ほんまにそんなん美味しいんやろか。

てゆーか、そもそもこれ、ケールなのかしら。
今さら何を言ってるんだと言われそうだけど、ウェブサイトに載っているケールの写真は葉が縮れているのに、私のもらったのは縮れてないし。
そりゃあ伯母は「ケールだ」と言ってはいたけれど。
もしかして、これは伯母の栽培したやつで、育ち過ぎたものだとか。
或いは何か品種が違うんだろうか。写真で見る縮れたやつだと、こういうあっさりした調理法でもいけるのかな~。確かにこちらの方は葉がもっと柔らかそうなんだよね。(^_^;)

誰かこの葉っぱを美味しく食べる調理法を教えて~~~!sweat01

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モアちゃんv.s.ガタピシ

新聞4コマがわりに好きな方で、例えば『コボちゃん』は全巻読破している。
一時期、うちのカレンダーがコボちゃんカレンダーであった年も数年あった。(笑)

うちの実家で取っていたのは毎日新聞で、隣家に住む父方の祖父母宅では朝日新聞を取っていた。
私が子供の頃、毎日新聞では朝刊の4コマは東海林さだおの『アサッテ君』、夕刊は加藤芳郎の『まっぴら君』であった。が、私としては、朝日新聞の朝刊の『フジ三太郎』(サトウサンペイ著)と夕刊の『ペエスケ』(園山俊二著)の方が好みで、「朝日新聞の方がいいなあ」などと子供心に思っていた。「まっぴら君」は政治色や社会性が強くて、子供にはよう分からんかったのだ。(ちなみに今でも『フジ三太郎』は好きで、『フジ三太郎名場面』全15巻をいつ買おうかと目論んでいる)

現在ワタクシがはまっているのは、ずばり毎日新聞の夕刊に連載されている、森下裕美の『ウチの場合は』。
4コマにしてはキャラ数が多く、しかも各キャラクター設定がしっかりしている。

森下裕美は“ゴマちゃん”で有名な、ご存知『少年アシベ』の作者である。
ここでキーとなる動物キャラは、犬の“モアちゃん”。

先月亡くなった祖母は“ガタピシ”(『ペエスケ』に出てくる犬)ファンで、園山俊二が亡くなったときには、大変残念がっていたのを思い出す。
が、ガタピシと違い、モアちゃんはその姿かたち自体は大変不細工である。
目が小さくて離れてて、カオがでかくておでこが出ていて、鼻もでかい。
「モア~」と鳴き、食いしん坊で野菜も果物も食べる。

でもなんか可愛いんですよね~。(笑)
読み進めてくると、可愛く見えてくるのが不思議だ。
ガタピシ以来のヒットかもしれん。個性派だけど。

4コマ好きの人で、読んだことのない人には、結構お勧めです。(^^ゞ

ウチの場合は 11

著者:森下 裕美

ウチの場合は 11

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壊れゆく…

ここのところ、よく物が壊れる。

先月の旅行。成田からアテネに向かう途中、ストップオーバーでフランクフルトに一泊。
さあて、写真でも撮るか、とデジカメを出したら、いきなりデジカメがご臨終していたsweat02
どこをどういじっても、ウンともスンともいわない。
仕方がないので、空港の免税で新しいデジカメを買った。

旅の終わり頃、ベニスを発つ直前、パソコンと共に持参していたカードリーダーが何も読み込まなくなった。

エネルギーが高くなると、電化製品がよく壊れるとは聞いていたが、私の場合、壊れる物は家電に止まらない。

街歩き用に持っていっていたロンシャンの折りたたみトートバッグのファスナーの金具がブチッとちぎれる@ミコノス島。
スーツケースのダイアルロックが壊れてスーツケースが開かなくなって焦った(数十分後、開いたが、何故開いたのか、或いは何故開かなかったのかも謎)@ベニス。
極めつけは、雨のそぼ降る中、「どうも片方だけ靴の中に水が入るなあ」と思ってたら、ショートブーツの底に思いっきし穴が開いてた@ロンドン。

「こんなに物が壊れた旅は初めてや。ぶつぶつ…(-_-;) 」と思ってたら、帰ってきたら今度は次々と怪現象が。

電源を切っていた筈のIHクッカーがピーッと鳴る。
クローゼットの中からガタンッと何かが落ちるような音がしたのに、何も落ちても倒れてもいない。
普通に音が鳴る状態に設定されていた携帯電話が、いきなり振動する。(別に何も着信していない)
パソコンのitunesで音楽を掛けていたが、何も操作していないのに音楽がストップ。
携帯で話していたら、途中でブチブチ切れる。

さすがに気持ち悪くなって、知り合いの方に訊いたら、それは霊とかではなくて、私のエネルギーが高まってるから、それに反応しただけだと。だから、「電化製品が壊れないよう、まだまだ注意しておいて下さい」とおっしゃる。

しかし注意しろったって、こればかりはどうもこうも気をつけようが…。
とりあえずはパソコンとかエアコンとか、高価なものが壊れることがないよう、祈る毎日でございますtyphoon

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祖母のこだわり

9月3日に父方の祖母が亡くなった。
享年93歳で、寿命に不足なし。脳卒中で倒れて以来1年半ほど寝たきりだったが、特に苦しむこともなく床ずれを起こすこともなく穏やかに逝ってくれて、家族・親族一同、「やれやれ、90年以上もの長い間ご苦労様でした」とほっとしている次第である。

実はこの祖母、どういうわけか自分のお葬式及び死後のことに関して、並々ならぬこだわりを持ち、既に脳卒中で倒れる随分前から、自分の死んだあとの準備は万端という状態であった。

写真はこれ、死装束はこの民謡の発表会で着たものなどと用意されており、唯一の娘である伯母には「私の葬式にはこれを着るように」と、娘の喪服まで自分で縫って準備していた次第。
あまりに早くから準備をしていたものだから、その間に伯母が太ってしまい、そうすると、「ありゃまあ、お前、太ったねえ。それじゃあの喪服は入らんなあ」と、何ともう1枚和服を仕立てていた。う、うーん…。

更に、祖母の3年ほど前に逝った祖父の分も一緒に、生前に戒名まで取得。
戒名は、自分の性質やそれまでの人生を反映した、立派なものでなければならないと思っていたようであった。
祖母は4人兄妹の末っ子で、上に3人兄がいた。その兄の1人が亡くなったとき、戒名が貧相で気に入らないと、お坊様に言って変えさせたことまであったくらいである。
何でそんなに戒名にこだわるのか謎であるが。

などと言うと、とても信心深い人だったかのように思われるかもしれないが、別に戒名をいただいたからといって、それでその後出家して仏門に入ったというわけではない。
要するに、仏教における戒名というもののコンセプトを理解していたわけではないようだ。

まあうちの祖母だけでなく、多くの日本人にとっては、戒名といえば、死んだらお坊様がつける名前で、「院」とか「院殿」、「大姉」とか「居士」がつくと値段が高くなるという、その程度の存在なのだろうが。

本来は戒名とは、仏の教え=戒を受けて(受戒)、仏道に入る際にいただく名前ということで、要するにお坊様の名前ということになる。
それが、「死んだあと地獄に行きたくないから」ということで、死んでから急いで仏門に入ったということにするという意味合いから、死んだ人に戒名が付けられることとなったようだ。

昔のヨーロッパやアメリカの映画で、病人の死に際に神父さんなり牧師さんなりが駆けつけ、最後に急いで懺悔して祝福してもらって、「よしこれで安心、天国に召される」というのと同じようなもんということですな。
洋の東西を問わず、どこの国の人も死を目前にすると、地獄に落とされるのが少しは怖くなるものらしい。

しかしともあれ、祖母のように「自分の死後はこのようにして欲しい」という意思表示がはっきりしていると、遺された者としては動きやすくてありがたかった。
何といっても、故人の希望を叶えてあげられたら、それは一番だし。

で、わたくしは伯母や父に言うのであった。
あなた方も、もう70歳。今のうちに希望の写真とか、色々用意しておくように。
戒名は、あれは自分でつけても構わんらしいから、自分の好きなような名前を考えて、書き留めて我々(私や従姉妹)に渡しておいて下さい、と。

とはいえ、うちの家系は長生きそうだから、あまり早くに写真を用意しても、90も100歳も生きたら、現状と合わんようになる可能性もあるのだが…。

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オリンピック前、オリンピック後

アテネは、この前のオリンピックで随分変わったらしい。

私は初めてだったので分からなかったが、20年前にギリシャ旅行に行ったという友人と、アテネ国際空港にピックアップを頼んだタクシーの運ちゃんの話を総合すると、

  • 昔はアテネ市内に地下鉄はなかった。
    オリンピック開催に伴い、地下鉄が整備された。
  • 新空港が建設された。地下鉄にも空港へ向かう路線があり、バスだけでなく鉄道での空港から市街地へのアクセスが可能となった。(但し、新空港は旧アテネ国際空港よりも三倍くらい遠くなったらしいが)
  • オリンピック前に、市内の主なホテルの殆どが大掛かりな改修を行い、市内全体のホテルの質が飛躍的に向上した。

今回は、我々はアテネプラザに宿泊した。
友人は20年前、シンタグマ広場に面した同じ並びのグランド・ブルターニュに宿泊したらしいのだが、雰囲気こそ重厚で美しいものの、やはりヨーロッパの古いホテルは水周りが悪く、「タップをひねったら水が黄色かった」とのこと。
「今は改装されて、改善されたのかもしれないけど、その時の思い出があるから、ちょっと…」ということで、結局アテネプラザにしたのだった。勿論、水が黄色いなんていう問題は一切なかった。もしかすると今ならグランド・ブルターニュに泊まっても、問題がなかったかもしれない。

市街地までのドライブ途中、運ちゃんはちょっと車を路肩に止め、
「ほら、あそこに見える大きな建物、あれがオリンピックのメインスタジアムだったんだけどね、完成したのは何と開催日の僅か二日前。(笑)」

そ、そーいえばそんなことを言ってたな。オリンピックに間に合わないんじゃないかとか。
全てスローなギリシャで、よくちゃんと開催できたもんだ。coldsweats01

話は変わって、ロンドン。ご存知、2012年にオリンピック開催を控えている。
ギリシャではないが、良くも悪くもいろんな意味でスローなイギリス、電車もバスも遅れ放題、こんなところでオリンピックなんぞという大イベントが開催できるのだろうか?と、イギリスを知る人々は誰もが不安に思っているであろう。

ところが、市内を歩き回ってみると、どうやら着実にオリンピック開催への準備が行われている様子である。

まず、バスの質が向上している。
車両は全て新しくなり、以前の後ろが開いているタイプの車両はもう走っていない。(バス停以外のところから飛び乗ったり降りたりすることができなくなったのは残念だが)
車内では電光表示で次の停車駅の名前が表示され、放送まで流れる。(以前はそんなものはなかった)
そして、前市長ケン・リビングストンによって、ロンドン市内中心部に於ける「Congestion charging(“通行料制度”でいいのかな?)」が施行されて以来、バスの路線数も本数も増やされ、便利になっている。

また、地下鉄の路線も増えるらしい。
Green Park駅でも何やら建設工事がなされており、国鉄のKing's Cross駅は新品みたいになった。もうここからユーロスターに乗ることもできる。
地下鉄のBlackfriars駅など、2011年までクローズして大掛かりな改修工事だそうだ。
かの有名なBig Benの国会議事堂も、外観の化粧直し工事が進められている模様である。

いつもロンドンで泊めてもらっているアイルランド人のおっちゃんの家は、「The City(証券取引所やイングランド銀行、その他銀行や会社がひしめく金融街の中心)」のど真ん中のペントハウスなのだが、勿論この辺りに一般の住居は少なく、スーパーもレストランもパブも、土日は殆ど閉まってしまう。
が、この辺りでもばんばん建設工事が行われており、商用だけでなくアパートメントビルディングの建設もラッシュで、どうやら「The City of London」一帯のトータルなアップグレードを図っているらしい。
住居が増えるに伴い、この辺りのスーパーやパブで週末開いているお店が増えた。
随分便利になったものである。おっちゃんは、「次に君がロンドンに来るときは、すっかり新品みたいになってるかもね~」と言っていたが、それも大袈裟ではないのかもと思わせられる。

ところで。帰りの飛行機はJALで、ちょうどその日の7時からのNHKニュースを放送していた。そこで始めに見たのは、2016年のオリンピックがリオデジャネイロに決まった後の石原慎太郎の記者会見であった。

私は東京で今更五輪なんぞやらんでも、と思っていたクチであるが、ふとオリンピック前とオリンピック後の二都市を見て、こう思わんでもない。

あの、どうにも変わらないロンドンがこんなに変わってきているのだ。
もしかしたら五輪招致で、あのごちゃごちゃとした汚い東京も、随分美しく整然と生まれ変わることができるのではあるまいか、と。少なくとも湾岸は間違いなく美しく整備されることだろう。

石原慎太郎は元々作家である。もしかすると彼の美意識では、今の東京の姿は許すことができず、大掛かりに変えるにはオリンピックしかないと思ったのかもしれない。
実際、「既存の施設を利用し、余計な建設工事は行わない」といったプレゼンテーションは悪くなかったのだ。そう考えると、ちょっと残念かも…。

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ベニスの商人たち

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現在、ロンドン。

ルフトハンザの飛行機は定刻どおりにヒースローに到着したものの、到着から1時間近く経ってもバゲージ・クレームのベルトコンベアは動き出さんわ、地下鉄Circle Lineはしょっちゅう駅と駅との間で止まるわ、Bakerloo Lineでは「Edgware Road駅は一時的にクローズしており、通過致します。次の停車駅はMaryleborneです」などとアナウンスが流れて本当にEdgware Roadを通過してしまうわ、「嗚呼、ロンドン」と、しみじみとイギリスを実感しているわたくしです。

まあいいんです。ロンドンは、第二の故郷みたいなもんだし。(^_^;)
ここでは、食べ物やら何やらを買ったり、服を買ったり、映画を観たり、はたまた友達とお茶したりするのがメインだから。

ところで。今回の旅のハイライトは間違いなくクロアチアであった。
「アドリア海の真珠」と呼ばれ、世界遺産にも登録された旧市街を持つドゥブロブニク、イストリア半島の小さな街ロヴィニ。
どちらの街も、それはそれは絵のように美しく、数々の地震や内戦を経て、よくもまあこれだけの美しい街を復興・維持してきたものだと感心させられた。アドリア海はどこまでも碧く透明で、シーフードも大変美味しい。

が、こんなことを延々と語られたって面白くも何ともないだろうから、写真だけちょっと載せて、とりあえず「クロアチアは間違いなく、"worth visiting"ですよ」と言うにとどめ、クルージングの最終寄港地ベニスへと話は飛びます。

シェイクスピアの『ベニスの商人』は、大昔に読んだことがあると思うのだけれど、内容は全く記憶から抜け落ちている。が、シェイクスピアの文学はともかく、実際会ったベニスの商人たちは、極めて商魂逞しいことが実感された。

ベニスは、観光客の集まるハイシーズンと、そうでない時期の差が実にはっきりしている。

9月は正にハイシーズンで、前の月と比べるとホテルのルーム・レートは約2倍である。
「あれ、7月と8月はハイシーズンじゃないの?」と思う人もいるだろうが、7月や8月のベニスは莫迦みたいに暑く、四方を海に囲まれているせいで湿気も多い。地元民は皆、ホリデイでいなくなっている。だから、いわゆる夏休みの時期というのは、それほど人気がないらしい。

我々は、下船後はジューデッカ島のヒルトンに部屋を取っていたのだが、クルージング船はそのヒルトンのちょうど対岸の本島に停泊していた。
私も友人も、「良かった~。すごい近いね」と喜んでいたのだが、問題はそこまでの交通手段。
友人の持っていたガイドブックには、ウォータータクシーは距離ではなく時間で料金が加算され、初乗りは7ユーロくらいとあったように思う。が、我々(というか、船の乗客全員ですが)に提示された料金は60ユーロであった。

にゃにおう??
たかが百メートルかそこいら先の対岸に行くだけで、60ユーロだとう????

いいもん、ヒルトンのシャトルボートが無料で往復している筈。

…と言いたいところなのだが、下船直後は大きなスーツケースなど、荷物が多く、ヒルトンのシャトルボートが発着している場所までとてもたどり着けない。遠いし、橋をいくつも越えなければならない。(ベニスにはたくさん水路があって、そこをアーチ状の橋が繋いでいる。橋は全て、階段である)
しかも陸路なら、「じゃあいいです、歩きます」と、根性さえ出せばつっぱねることもできるが、目の前に横たわっているのは海で、しかも大型客船が行き来できるくらい深い。モーゼでもなければ、徒歩では渡れない。足元を見ているのである。
ちっ。

何とか50ユーロにまでは下げさせ、仕方なくウォータータクシーに乗る。
ちなみに同じ船に乗っていて、同じくヒルトンに部屋を取っていたイギリス人のご夫婦は、根性でヒルトンのシャトルボート発着所へ行ったのだが、何がどうなったのかボートに乗っているとき思いっきり水をかぶってずぶ濡れになってしまい、「それなのにホテルの職員は誰も助けてくれなかった」と大変ご立腹で、「全く、前回ベニスに来たときもそうだったけど、ここではどうもろくなことがない。もういい、とりあえず酒でも飲む!」と、チェックイン待ちの間、ロビーのラウンジで早速ビールを飲んでいた。(笑)

ベニスを発つ日は、またウォータータクシーを予約していた。
が、こちらは1時間近く掛かるのに、100ユーロ。何やねん、もう…。

空港近くの船着き場に無事降り立ち、友人に荷物を見ていてもらって、トロリーを取りに行って帰ってくると、知らんオッサンがしきりに彼女に話しかけている。
曰く、ミニバスで空港のターミナルまで20ユーロだという。

あのな、すぐそこの看板に、ターミナルまで徒歩7分て書いてあるだろうがよ。
徒歩7分の距離を20ユーロって、どこまでぼったくるねん。

呆れ返りつつも、「うーむ、商魂、逞しいねえ」と一方では感心。
もしかしたら、看板を見逃した旅行者が、「え、バスで行かなければならないくらいターミナルって遠いの?」と思わずだまされて乗っちゃうこともあるのかもしれない。

にしても、こんなぼったくりあきんど、堂々と営業させてていいのか?
まあいいのかな。イタリアだし。(特に理由はないですが)
ともかく、ベニスを訪ねるときはよく時期を選んで、場合によってはものすごーくお金が掛かるかもしれないので、覚悟して行ってきていただきたいものである。(^_^;)

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神々の棲む街でオリエンテーリング

Pantheon Dessert

今年の夏は、忙しかった…sweat02

お盆、お寺での法要、そしてそろそろ危ないかという感じだった父方のばあちゃんが9月3日、ついに亡くなり、お葬式、親戚が集まっての法事、その他様々な雑務で、夏休みは事実上なしでございました。

多忙と気遣いによるストレスか、肌は荒れてくるし、「大丈夫か、私?」という感じであったが、ついに、ついに、わたくしも遅ればせながらサマー・ホリデイnote
のんびり遊んで、リセットだわ!…と、アテネに向けて旅立ったのでした。

今回の旅は、アテネを観光、それからミコノス島などエーゲ海の島々にクロアチアをクルーズ船で回り、ベニスへ。その後ロンドンへ飛ぶ予定。

私はアテネは初めてなのだが、同行の友人は20年ほど前に来たことがあるというので、今日は私はアクロポリスへ観光、友人はショッピングということに。

アテネの街は結構分かりにくい。
こまごまとストリートが複雑に交り、地図上ではそれなりの道かと思いきや、ものすごく細い路地のようなところだったりして、地図に強く滅多に迷うことのない私も、自分がどのストリートにいるのか、把握するのに一苦労。ギリシャ語、全く分からんし。(^_^.)

宿泊しているホテルからアクロポリスまでは徒歩で行けるのだけれど、私はガイドブックを片手に、本当に文字通り片手に持って、ストリートの名前を確かめながら進まなければならなかった。殆どオリエンテーリング状態である。

アクロポリスって、聖域なんですよね?
ギリシャといえば、ぎょーさん神様がおるとこやで、というわけで、こんなに苦労してアクロポリスにも参っとけば何かご利益があるかもしれん。(笑)

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今更ながら

先日、豪州人の友人が、うちにちょっとしたお手伝いに来てくれたときのこと。
私は彼が好きなトロピカーナのフルーツブレンドを買っておいたのだが、私がパックを開けようとして開け口のところをぐいっと引っ張ろうと指先をかけたらば、友人の叫びが。

「セイコsign03 何をやってるんだ!
ここに(とパッケージの開け口を指差し)“開いて、押し広げる”と書いてるだろうが~sweat01

「へ?あれ、本当だ。あはは。知らなかった。
私、よく牛乳とかジュースのパック、注ぎ口を破壊しちゃうんだよね~。」

「そらー、そうだろう…。てゆーか、書いてるのに。君は本当に日本人か?」

がーーん…sweat02

だって、気付いてなかったんだよう。
うーん。でもこれで、これからは紙パックの注ぎ口を破壊することなく、開けることができるな。今更ながらではありますが。(その間36年。少々情けないわたくし…)

が、このことに気付かずに強引に、飲み物の紙パックを開けようとして注ぎ口を破壊していたのはどうやら私だけではないらしく、その友人の奥さんも同じことをしていたらしい。

もし気づいていなかった方。これであなたもスムーズに紙パックが開けられます。coldsweats01

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投書の心理

世の中の多くの人は多分そうなんじゃないかと思うのだけれど、私は雑誌や新聞などに投書をしたことがない。

いわゆる読者による投書欄、投稿欄だけでなく、記事に関する意見や抗議の手紙を出したこともないし、書籍についているはがきで感想を書いて送ったこともない。
すごく面白かった本なんかは、たまに「感想を書いて、はがきを出してみようかな」と思ったことがないでもないが、結果的には何となく忘れてしまって、そのままになっている。

が、「投書する人」というのも少なからずいる。
確かに記事やコラムによっては、「いくらなんでも、これは…」と、誤り等を指摘する意見の投書をした方がいいのではないかというようなものに行き当たることもある。
特に、何かの誤りや論調の片寄りが、悪気があるのではなく単なる著者の無知から発生したものなのだとしたら、それは教えてあげた方が親切というもので、何となく面倒臭くなってうやむやにするというのは、逆に良くない姿勢なのかもしれない。

とはいうものの。こんなことまでいちいち投書していかなくても、というものも…。

東海林さだお氏の『マツタケの丸かじり』によると、週刊朝日での連載初期に「目玉焼きはどう食べるのが正しいか」ということを云々している回があったのだが、そのコラムが掲載されたあと、兵庫県の69歳の男性から投書が来たのだという。曰く、

「目玉焼きをどう食べるかなどという愚にもつかぬどうでもいいことをぐたぐた書くな。あんなものはずるずるすすりこめがいいのだ。そんなことを考えるヒマがあったら天下国家のことを考えろ。しっかりしろ」

という激しい怒りのはがきだったのだそうで、「怒りのあまりか、ボールペンがハガキにめり込んで、字の一画一画がミゾになっていてとても怖かった」のだそうだ。
そら~、怖かっただろうなあ…。(^_^;)

しかしこのコラム、そもそも通しの連載タイトルが「あれも食いたいこれも食いたい」で、食に関するコラムだということは分かっているだろうに、そこで天下国家のことを論じろと言われてもなあ。

村上春樹氏も、週刊朝日に連載していた「村上朝日堂」で、
「ときどき『お前はいい年をして、毎週毎週しょうもないことばかりエッセイで書いて、恥ずかしくないのか。もう少し世の中の役に立つことが書けないのか』というようなお叱りを受ける。」
と書いていた。

作家やマンガ家のエッセイで、書いてることがしょーもないって、そんなことをわざわざ書いて投函しなくても…と思うんだけどな~…。

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